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アンヌ隊員の受験

私の履歴書
Feb 09,2017

先週、アンヌ隊員の中学受験がありました。

受験は誰もが経験することですが、それは小学校受験がいいのか、中学、高校、大学なのか、子供の性格や親の考え方によって様々で、それぞれの判断なのだと思います。

ただ感じることはあります。

高2から目白にある「すいどーばた美術学院」という予備校に通っていました。
3年前、リンタロも中学受験をしました。
第1希望の学校に入れず、大泣きして家の中は真っ暗に・・・
そのことを思い出しました。
たぶん子供よりも親の方が心配してしまうのはどこの家もそうでしょう。
そして、よい学校に入れることに必死になる母親がたくさんいることも事実です。
中学や高校になれば、進路は子供自身で決められますが、小学校受験は100%親の方針。
自分の持つ社会的概念や見栄のために子供に頑張らせる親もたくさんいると思います。
それがよいことなのか悪いことなのか、子供がどういう価値観を持った大人になって欲しいかで分かれるところでしょう。
松本家はゴリゴリ強制的にやらせる家ではありませんが、自分自身でやると決めたら努力はしてほしい。
その一方で自分の努力とは別に、学校や条件で他人を査定するような人にはなって欲しくないですね。

自分が設定した目標に向かって努力をするという経験は、人生でそんなに多くはないはずです。
小学校受験をした人の中には、大学卒業まで受験を経験しない人も多いと思います。
就職の際、大きな会社は、どこの大学を出たのかを重要視します。
同じように、結婚観でも相手に対して、小学校、中学校から私立の学校に通っているかどうかを重要視する人たちがたくさんいます(特に中学から私立に通った女子)
大人になっても自分の卒業した女子校の話をしている女子の親は、同じ学校の卒業生だというケースは非常に多い。
一億総中流と言われた日本にクラスはないようでいて、根強いクラス志向の人たちはたくさんいるのです。
よい学校を出たらよい会社に入ってよい生活ができる、という昭和のフレーズは今ほとんど聞かれなくなりましたが、私立の小学校や中学校出身だから経済力だけでなく、意識が高い家庭の出身という考えを持つ人はたくさんいると思います。
特に自分がそうである女子は、恋愛相手にも子供にもそれを強く求める傾向にあるのでしょう。
定期的にコンクールが開かれ、上位に入ると参考作品として表彰&パンフに掲載されます。
それがよいことなのだろうか?長くなるのでそれは置いておいて・・・・
受験は第3者から見た条件=ブランドを手に入れるためではなく、個人的には目標に向かって努力する内面的な訓練として必要なことだと思います。
目標に向かって自分がどれだけ頑張れるかは本人にかかっているのです。
ただ目標を見つけられる子供は少ない。
それを親に押し付けられてやるのか、自分でやるのかの違いは相当に大きいでしょう。
僕は高校と大学で受験を経験しましたが、高校受験の時はほとんど勉強しませんでした。
よい学校を出たら社会に出た時にどれだけメリットがあるか、そんなことを息子にゴリ押ししない親の元で、受験は全員が通る道くらいにしか考えていなかったからだと思います。
一方で大学受験の時は相当に勉強しました。
高校2年生から予備校に通い、高3の夏休み以降は朝9時から5時まで昼間部、6時から9時まで夜間部、学校でも絵を描いていたので合計14、5時間くらい毎日絵だけを描いていたと思います。
先生の厳しい指導もあって精神的にも追い込まれました。
指導されている時、泣き出す女の子も何人もいた。
同じメンバーで、他人の作品を批判したり、されたりし合いながら毎日10時間以上何ヶ月も絵だけを描いていると気が狂いそうになります。
でも続けられたのは自分が選んだ道だから。
親に言われたわけではなく、自分で選んだことが大きいです。
自分で判断できる17歳という年齢も関係があるでしょう。
そこに良い生活を手に入れたいため、という発想はありませんでしたが。
高3の時のデッサンコンクールで描いたヌード。浪人生含む250人の中で3位は嬉しかった。
大学に入った途端に目標を見失い、空虚感に襲われますが、それでも社会人になったあとで受験のことを思い出すことがしばしばありました。
それは自分がそれまでの人生で、やり切ったという経験があまりないからです。
受験での経験が1つの指標になっていると思います。
それくらい強烈な経験でした。 頑張らなきゃならない時、あの時あれだけできたんだからもっとできるはず、と受験を思い出しながら自分のキャパシティの限界を判断するのです。
会社をやめて独立して間もない頃は、よく思い出しました。
うさぎ跳びのような訓練を毎日やっていたあの頃、泣きそうになるくらい精神的に追い込まれた日々、あの経験があるからまだやれる、もっとできるという不思議な自信がありました。
自分で選んだのだから自分でがんばる、
それに対して親にやらされてがんばるというのは、進む道が同じだったとしても、結果はかなり違うと思います。
そんなことを書いてたら、以前うちにいたスタッフで、ラサールから現役で東大に進んで、そのあと大学を中退した彼のことをふと思い出しました。
「あの時(大学を中退するとき)に気が付いて本当によかった」というのが彼の口癖でした。
色々な人がいますが、自分で目標を見つけ、それに対してどれだけ努力ができるかという経験は、人生にとって必要なことだと思います。
それが中学なのか、高校なのか、大学なのかはわからない。
しかし努力は、自分で設定した目標に向かって自身がすべきこと。
目標は自分で見つけることが前提
その目標へ向かって努力する訓練として、受験という経験も必要なことのように思います。

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松本知彦 Tomohiko Matsumoto

東京新宿生まれ。
漫画家の父親を持ち、幼い頃より絵だけは抜群に上手かったが、
働く母の姿を見て葛藤し、美術を捨てて一般の道に進むことを決意。
しかし高校で出逢った美術の先生に熱心に説得され、再び芸術の道に。
その後、美術大学を卒業するも一般の上場企業に就職。
10年勤務ののち、またしてもクリエイティブを目指して退社独立、現在に至る。

  • 趣味:考えること
  • 特技:ドラム(最近叩いていない)
  • 好きなもの:ドリトス、ドリフターズ、
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