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人生の転機 かけがえのない体験

本
Aug 03,2021

人生の転機となる経験、

皆さんにも必ずあると思います。

自分にももちろんありました。

振り返ると、確実にあの時だったということがわかりますが、

その瞬間にはあまり感じないものですよね。

しかし強いインパクトは確実にその後の人生に影響を与えるのです。

父の人生を変えた1枚の絵
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(前略)
どうしても本物の手塚治虫に会いたいという気持ちを、
私は押止めることができなくなった。
1951年、手塚作品の出版元であった「東考堂」で住所を聞き出し、
無鉄砲にも兵庫県川辺郡の手塚の家へし押しかけてしまったのだ。
突然やって来たこの16歳の少年は、一ファンだというだけで
2階のアトリエに通された。
十畳ほどの和室だった。
中央には大きな両袖の机。その背面いっぱいの書棚には
今まで見たこともない量のマンガが詰まっていたのはよく憶えているのだが、
手塚が何を話したのかは思い出せない。
鮮烈に憶えているのは、手塚のサインだ。
ヒゲオヤジを描くその線の速さに驚いた。
私の30センチ横に手塚治虫がいる。
そして私のためだけにヒゲオヤジを描いてくれている。
手塚治虫に心酔した少年にとって、これはたまらないではないか。
(後略)
資本マンガ史研究・連載「夜明け前」から 
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これは生前、父が依頼されて執筆・連載していた
マンガ関連の会員誌からの引用です。
1951年、16歳の父は手塚治虫の自宅に押し掛け、
目の前で本人にサインを描いてもらう経験をします。
マンガについて熱く語る手塚の姿に感動し、
以後漫画家を志すきっかけとなるのでした。

出版社に住所を聞いて作家の家に行くなど、
現代では到底叶えられない、なんとも昭和らしいエピソードですが、
自分のあこがれの、天の上にいる人が、自分だけのために時間を割いて、
目の前で絵を描いてくれるという本当に贅沢極まりない素晴らしい時間、
想像しただけで、人生で最高の体験だっただろうと想像できます。
それがきっかけとなり、数年後、本当に漫画家になってしまった。
これを本人に目の前で描かれたら、たまらないだろうなと思います。
当時は子供向けの娯楽であり、
教育者やPTAからは学業を妨げる対象として、
また子供の成長に悪影響を与えるものとして、
忌み嫌われ、目の敵にされていた漫画。
高校の校長を務め、厳格だった父の父(僕の祖父)に
目の前で自分の漫画を破り捨てられる経験をした父にとって、
漫画は悪書という世の中の風潮は当然認識していたと思います。
その漫画について、熱く真剣に語る大人を初めて見た、
それが手塚治虫だったのでした。
その姿にいたく感動したと、生前父は語っていました。

手塚治虫との邂逅が、その後の父の人生を決めた、
それはきっと間違いのないことだと思います。
しかし、それが父にとって良いことだったのか、
父はどう感じていたのか、最後まで聞くことはできませんでした。
普段、滅多に自分のマンガを見たり、語ったりしなかった父だけれど、
病状が悪化の一途を辿る中で、
既に自力で起きあがれない状態なってしまった父の枕元には
若い頃に描いた漫画の単行本が数冊置かれていた。
寝たきりになるギリギリ前、自分で出してきたものでした。
それを見て僕はとても複雑な気持ちになったことを今でも忘れません。
父の作品が収録された新刊
今月小学館から1冊のマンガ単行本が出版されました。
「日本短編漫画傑作集」
このシリーズの1作目に父の作品が収録されています。

手塚治虫
松本正彦
平田弘史
白土三平
さいとう・たかを
石川球太
石ノ森章太郎
つげ義春
青柳裕介
池上良一
その目次の並びが泣かせます
手塚治虫さんの隣に父の名前・・・
父が生きていたら、きっと喜んだことでしょう。
父が憧れ、自ら会いに行き、その後の人生に影響を与えた人
その人の隣に名前があること、
父に報告してあげたい。
ちょっと恐縮してしまいますが。

日の丸文庫からは平田さん、さいとうさん、池上さん、父の4人。
特にさいとうさんは、同じ劇画工房のメンバーとして、
大阪と東京で、一緒に暮らしながら活動していました。
トキワ荘と同じです。
大阪から上京後には、つげさんとも交流。
「どくろに頼む」1959年の作品
劇画工房が設立されたのも同じく1959年。
収録されている父の作品は「どくろに頼む」
1959年出版、若木書房「迷路」からの収録です。
作品を描いた時、父は24歳。
僕はまだ生まれていません。
手塚さんとの対面から8年後に当たります。
この書籍には選者が6名います。
(いしかわじゅん、江口寿史、呉智英、中野晴行、村上知彦、山上たつひこ)
ギャグ漫画「がきデカ」で知られる漫画家 山上たつひこさんが、
今回父の短編を選んで推薦してくださいました。
山上さんが父のファンだったなんて、
驚きと同時に、本当に光栄に思います。
選んでくださったことで、
ほとんどの人が知らない、この父の短編作品が、
60年の時を超えて1人でも多くの方の目に触れるきっかけになれば、
この上なく嬉しいです。
以前このブログに紹介した片岡義男さんもそうですが、
こうした機会をいただいたことに心から感謝しています。
ありがとうございます。

https://www.dig.co.jp/blog/danwashitsu/2021/03/post-105.html

https://www.dig.co.jp/blog/danwashitsu/2018/03/post-35.html


さて、この「どくろに頼む」
どんな作品か少しだけお伝えします。
一家は、さっそく1つめのお願いをどくろに頼む
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家賃を滞納しているために、大家からは今すぐに出て行けと言われ、
例外として20万の現金一括で家を買い取る場合のみ、
ここにいてもよいと、選択を迫られる一家。
そんなある日、外国航路の船員である叔父が、
インドから持ち帰ったどくろを持って訪問してくる。
3人のそれぞれ3つの願いを叶える力があるというどくろ。
しかし、以前の持ち主だった2人は願いが叶ったものの不幸になり、
叔父からも、やめた方がいいと強く止められるのだが
どうしてもと懇願して、そのどくろを譲り受けることに。
「まず20万円が欲しい」
1つめの願い事をどくろに頼むが、
その翌日、息子の和夫が交通事故で亡くなってしまう。
葬儀の場で、交通事故を起こした相手の会社から
お詫びとして20万円が支払われ、図らずも1つめの願いが叶う。
息子を失い塞ぎ込む母は、どうしても息子に会いたい気持ちを押さえられず、
「和夫を帰して欲しい」
と2つ目のお願いをどくろに頼む。
その晩、嵐の雨の中、何者かが玄関のドアを叩く・・・・・。
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嵐の夜、2番目のお願いをするのだが。
必要以上にお金を持つこと、
父はお金に執着することを嫌う面がありました。
お金を持つことは決して悪いことではないですが、
それに縛られること、それにより人生が変わってしまうこと、
そのマイナス面を非常に嫌うのが、彼の考え方だったように思います。
それは地元の道路に一家の名前がついている
裕福な教育者の名家に生まれた父の(僕の祖父の)一族の争いを
その目で見てきたからかもしれません。
息子としては、そうした彼の考えが作品からも感じ取れる気がします。

購入はこちらで
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皆さんも機会があったら
是非ぜひ1度読んでみてください。
日本の漫画を彩った幾多の短編の中より選び抜かれたアンソロジー。
一筋縄ではいかない選者達がこれでもかと選んだ短編たち。
60年前、漫画が今のように市民権を得ていなかった時代、
日本のオリンピックのデザインにも活用されるなど、誰も考えなかった時代です。
幾多の作家がその表現の可能性を追求し、乗り越え、結果今のマンガがあるのです。
他の作家の作品もとても興味深いのでぜひ。

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松本知彦 Tomohiko Matsumoto

東京新宿生まれ。
漫画家の父親を持ち、幼い頃より絵だけは抜群に上手かったが、
働く母の姿を見て葛藤し、美術を捨てて一般の道に進むことを決意。
しかし高校で出逢った美術の先生に熱心に説得され、再び芸術の道に。
その後、美術大学を卒業するも一般の上場企業に就職。
10年勤務ののち、またしてもクリエイティブを目指して退社独立、現在に至る。

  • 趣味:考えること
  • 特技:ドラム(最近叩いていない)
  • 好きなもの:ドリトス、ドリフターズ、
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