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自分が父になった時、腕に巻く時計

ファッション
Jun 16,2022

メンズファッションでコーディネートを完成させるためには、腕時計が欠かせない時代があった。

それは車と同じようにメカであり、アクセサリーであり、デザインツールであり、ひときわ「男」を感じさせるマッチョなアイテムであった。

腕時計の中では究極ではないかと思っている
父親が常に身に付けていたものの中で、覚えているものと言ったら何だろうか。
自分の父親に当てはめて考えてみると、髭剃り、眼鏡、たばこの銘柄、ペン、そして腕時計だ。
父が車に乗っていなかったことや酒を飲まなかったこと、スーツを着て会社に皮製の鞄を持っていく仕事ではなかったことも影響している。
ただ思い出すのが、いずれも男性だけが使うモノが多いのは偶然ではないだろう。
男の趣味や嗜好性が表れている道具、
息子が人生で初めて大人の男のダンディズムに触れるのは、父親が身に付けていた嗜好品からである。
大人の男が身だしなみを整えるための、あるいは日常的に使っているツールに初めて触れるのは父親の愛用していたモノたちなのだ。
その体験は学習に近い。
人生での初めての経験は、何でも明確に覚えているものだ。

その中でも腕時計は安価ではないこともあり、男にとって特別なツールという認識を持たれていた時代があった。
70年代からTIMEXなどプラスチック製の安価なものは存在していたが、80年代のSWATCH、G-SHOCKなど多機能でかつユニセックスで使える時計の登場が、腕時計の価値観を変えた。
それまで腕時計はある程度高価で、大人のダンディズムを端的に象徴している製品だったと思う。
中学校に入学したら初めて腕時計を買ってもらう、それがタバコや酒よりも早い、大人への最初の入口だった。
これで自分も大人の男なんだと、まだ何も世間を知らない小僧が勘違いしながらも胸を張る瞬間が自分にもあった。
調査したわけではまったくないが、父の形見として、いや生前でももちろんよいのだが、息子が譲られるものとして腕時計はきっとベスト5に入っているのではなかろうか。
男が男に譲るもの、ダンディズムをつなぐもの、そうしたロマンが腕時計にはある。
逆に、家や土地にダンディズムは存在しない。
もちろんインテリアなどに多少の趣味はあるだろうが、本人のDNAが表れた一部とはあまり思えるものではないだろう。
鉛筆1本で描いてみた憧れのROLEXのサブマリーナ
と、ここまで書いていて矛盾するかもしれないが、腕時計含め、父は持ち物にそれほどこだわる人ではなく、身に付けていたものはどれも日本製の大衆的な製品だった。
それもあって僕が一番最初に腕時計に特別なダンディズムを感じたのは、父からではなく映画からだ。
初代JAMS BONDを演じるショーン・コネリーが「007 ドクター・ノオ」の中で腕につけていたROLEXのサブマリーナを見て、めちゃめちゃカッコいいと思った。
劇中に出てくるタキシードや葉巻、酒、カジノなど、ダンディズムを象徴するようなモノは、どれも非日常すぎて興味が湧かなかったが(車もアストンマーチンより、スーパーカーの時代だった)、時計だけは特別だった。
当時中学生の自分には到底買えるわけもなく、ただの憧れに終わってしまったが、それ以後の自分に強烈な印象を残し、大人になったらROLEXをしなきゃという固定概念をずっと抱かせるだけの影響力が充分にあった。
そして自分のお金で、初めて買った高価な時計はROLEXだった。
サブマリーナではなく、エクスプローラーIだったけれど。
クル・ド・パリと呼ばれる細かい彫刻を施したベゼル
腕時計にはまったく詳しくないが、デザインとしてのカタチにはこだわりがある。
車にもまったく興味はないが、ボディのデザインにこだわりがあるのと同じだ。
ポルシェに乗っている人たちの嗜好性はある程度予想できる。
時計も同じで、人に見せたいのか、それとも単にその時計が好きなのかで大きく分かれるところだろう。
自分は後者で、所有したい理由はデザインが好きだという1点のみである。
見せるために買う、乗るという行為とはかなり距離があるように思う。
精巧な機械式の内部は時計の裏側から見ることができる
メンズファッションに究極の時計があるとすれば、それはこの時計ではないかと思う。
この時計にずっと憧れていた。
特徴のない、ブランドを主張することのない、シンプル極まりないデザインが好きだ。
この時計を知らない人は、たぶん見てもわからないだろう。
それでいい。
それがわかって欲しい人は、同じメーカーが作るノーチラスを選ぶはずだ。
ピーター・リンドバーグの広告写真は映画のワンシーンようだ
キャッチコピーは「父から子へ、世代から世代へ。」
素敵に薄い、軽い、自分が初めて手にした手巻きの腕時計。
デザインだけでなく、欲しいと思わせる文脈もあった。
ピーター・リンドバーグが撮影したシリーズ広告が素晴らしかった。
前述したように父から息子へ。
男が持つダンディズムを息子が引き継ぐという儀式。
広告では、世代を超えて受け継がれるエバーグリーンな価値というストーリーを間接的に伝えている。
時を知らせるという機能ならこの2つの時計は同じだ。デザインも似ている。 しかし、そこには大きな違いがある。
現在スマホの登場で、紳士はステータスとしての腕時計をしなくなってしまった。
腕時計の市場も縮小したことだろう。
APPLEウォッチにシェアを奪われ、腕時計は時間を示すという概念以外に、健康状態や情報取得という機能性を獲得しつつある。
かつてダンディズムとして存在した腕時計は、ジュエリーのような存在となってしまった。
自分がこの憧れの時計を手に入れた頃は、まだ時計として存在する必然性が少なからずあった。
しかし時間を教えてくれる以外の機能はなく、ソーラーパネルでも、クオーツでも自動巻きでもないために、毎日手でリューズを巻く手間がかかる。
そして電波時計ではないので、唯一の機能である時間すら正確ではない。
機能と金額はまったく釣り合わない腕時計だ。
修理に出すとケース付き真空パックで返ってきた
しかしそこにはロマンがある。
この時計をもし息子に渡すと伝えた時、息子は必要ないからいらないと言うだろうか?
時間を見るためだけに、労力使う行為に対して理解を示すだろうか?
ショーン・コネリーがROLEXを腕に巻いて映画に登場したのは1962年。
自分が生まれる前の映画だが、それでも自分が大人になるまでの間、その体験は忘れられない記憶としてずっと頭の中に残っていた。
ダンディズムは時代によって変化していくものだろうか。
息子に聞いてみたい。

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松本知彦 Tomohiko Matsumoto

東京新宿生まれ。
漫画家の父親を持ち、幼い頃より絵だけは抜群に上手かったが、
働く母の姿を見て葛藤し、美術を捨てて一般の道に進むことを決意。
しかし高校で出逢った美術の先生に熱心に説得され、再び芸術の道に。
その後、美術大学を卒業するも一般の上場企業に就職。
10年勤務ののち、またしてもクリエイティブを目指して退社独立、現在に至る。

  • 趣味:考えること
  • 特技:ドラム(最近叩いていない)
  • 好きなもの:ドリトス、ドリフターズ、
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