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教科書ブランディング らしさの提案3

仕事
Sep 30,2021

中学生向けの国語の教科書をアートディレクション&デザインしました。

文科省の教育指導要領が発表される10年に1度の大改訂に合わせて、全面的に改変される教科書の制作コンペに参加したことがきっかけです。

前回紹介したのは、コンペ初回のプレゼンテーションで提案した内容でした。

今回はその後、制作に入ってからの内容をお伝えします。

コンペの時に作った提案書の一部
受注して制作フェーズに入ってからも、初回に提案したコンセプトは変えずに、各ページで求められる個別要件に対応するカタチでデザインを進めていきました。
このように初期の段階で、デザインに求められることを定義しておくことは、途上で迷った際の拠り所として、メンバー全員がやるべきことを再確認するために大切なことだと思います。
ですので、書面化してリマインドできる状態にすることが重要です。
膨大な時間を使って他社との違いや、自社の現行の教科書の改善点を抽出~点検し、改善施策を立てることは、課題を明確にしない状態で取り組むことと比較して、精度の面で大きな差を生みます。
初回の提案時に整理した考え方のコンセプト
初回のプレゼンテーションまでの話
https://www.dig.co.jp/blog/danwashitsu/2021/09/2-6.html

コンペで初回のプレゼンテーションの時に意識したことは、
教科書の今を知り、課題を見つけ、改善施策を立てることです。
当り前ですが、改善策とは課題に対して改善プランを立てること。
課題がなければ成立しません。
僕たちの仕事で最も重要なこと、その起点はクライアントも気がつかないような課題を見つけ出すことにあるのです。
そしてその課題は、使う人=今回であれば教科書を使う中学生が共感するレベルまで掘り下げて見つけ出すことが必要です。
そのプロセスを踏んで出てきた課題をある視点で整理し、そこに法則を見つけ、プロトタイプを作る。
これはまさに「デザイン思考」、ハーバード大学デザイン研究所が定義したデザインシンキングのプロセスです。
このフレームワークについては、機会があればまた別途話したいと思います。
ユーザが気づかない課題を発見するデザインシンキング
さて、コンペのプレゼンテーションが終わり、無事受注してからプロジェクトが始まります。
初回に提案した課題発見と改善のプロセスは、テクニカルな部分が多いですが、この作業はどちらかと言えば、マイナスをゼロにするための施策。
小さなことでも1つ1つ課題を見つけ、方針を定義していく作業になります。
その後、受注した後に目の前に現れるのはブランディングとしての「光村らしさ」の表現。
ゼロをプラスに引き上げる重要な作業です。
この抽象的で、言語化することが難しい課題に取り組むためには、上流から着手することが必要になります。
具体的には、各学年の共通点と相違点をどう設計すべきか、全体のカラー計画は?1冊を通して伝えたいことは?アイコンはどうあるべきか?などを1つ1つ定義していかなければなりません。
表紙、見返し、本扉、目次、中扉、後見返し、この関係がブランドのカギを握っている。
3学年を通しての色の計画、アイコンもすべて見直しました。
現行の教科書を分析して感じたことは、1冊の物語性をもっと強調した方がいいのではないということ。
リニューアル前の誌面では、学年ごとにカラーを設定し、その色の写真を見返しに使ったり、アイコンも同色で統一するなど、1冊を通して色のテーマを訴求していました。
しかし色のテーマに気が付ない読み手もいるのではないかという前提に立って考えると、最初の見返しに出てくる特定カラーの全面写真が唐突であると感じたり、冒頭のページだけ独立したコート紙を使っているために(コート紙の方が写真の発色がよいという理由)、導入部と本編が分断されてしまい、1冊を通したストーリー(色を主題としたストーリー)を訴求したいという編集側の意図を感じ取れない生徒も多くいるのではないかと思いました。
デザインする上で意図したことは、1冊を通しての統一感。テーマ性を感じさせる工夫です。
具体的には
• 見返しとそれ以降に続くページとの関連性の強調
• 冒頭に使用しているコート紙の廃止
• 導入部に期待感を煽る演出の挿入

要は1冊を通したストーリーを明確に打ち出すことです。
そのためには3学年を通して共通したテーマを設定し、学年ごとの小テーマを考えること。
編集部の方と打合せを重ねる中で、共通テーマとして以下のことを定義しました。
3学年共通テーマ。提案書からの抜粋。
日本人は四季や風景などを短歌や俳句で歌うときに、言葉の表現を工夫して豊かな情緒を育んできました。
自分たちを取り巻く自然や風土から生まれた文化を、今の自分たちの日常から感じ取り、再確認して欲しいという想いです。
たとえば、1年生は時間の表現をテーマに、それを視覚的に表現することを試みました。
1年生は1冊を通して時間の流れを表現(提案書から)
表紙をめくると朝の情景からスタート。
ページをめくるごとに、昼、夕方、夜へと1冊の中で変化します。
単に朝だけを例にとって調べてみると
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暁(あかつき)、早暁(そうぎょう)、払暁(ふっぎょう、春暁(しゅんぎょう)、未明(みめい)、鶏鳴(けいめい)、東雲(しののめ)、曙(あけぼの)、朝朗(あさぼらけ)、有明(ありあけ)、明け、明け方、夜明け、黎明(れいめい)、薄明(はくめい)、日の出、早朝、朝未(あさまだき)、朝っぱら、朝(あさ)、朝(あした)朝方、朝間、
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など、数多くの表現があるのです。
面白いですよね。
これらを各扉で紹介する構成を考えました。
同様に、昼、夕、夜を表現する単語もたくさんあって、日本語には時間を表す豊かで独特な表現が数多くあることがわかります。
これらの日本独自の言葉の文化を美しい写真とともに掲載することにしました。
現在、他社のほとんどが扉にイラストを採用している中で、過去の光村の教科書では、扉に写真を採用していることが多く、それを踏襲することで変わらない「らしさ」を表現し、他社と差別化することも念頭にあります。
1年生は時間、2年生は季節の行事、3年生は天文地理のテーマを与えて構成しました。
1年生の朝のオープニング
特に1年生の教科書を例に取ると、表紙をめくった見返しに掲載した谷川俊太郎さんの詩「朝のリレー」の朝の情景から始まり、本扉、目次、中扉、後見返しにつながる一連の連続した物語性は教科書の1つの見せ場です。
このオープニングのソースは、サセックの描いたThis is LONDONにあります。

グレー一面の霧の中から街の情景が徐々に現れる時間の経過を、連続のイラストで表現した冒頭の構成は、心を打つ素晴らしさがあり、ずっと記憶の片隅にありました。
それはまるで、モネの教会や吉田博の帆船の連続版画のようです。
暗い霧のロンドンから始まり、時間の経過で街が見えてくる構成
2つ前の記事に書きましたが、初めて中学生になって、まだ友達もあまりいないクラスで、初めて国語の教科書を手に取り、開いた時に始まるストーリー。
国語の教科書を開いた瞬間から、彼らを光村の国語の世界に引き込みたい、
それがこのオープニングに込めた想いです。
それには、朝という時間は適切だと思います。

1冊が時間の表現になっているなんて、ほとんどの中学生は気が付かないかもしれない。
しかし、オープニングの演出に気が付いた子ならきっとわかるでしょう。
そして、そこから日本語の表現の豊かさに気づくかもしれない。
いえ、気づいて欲しいです。
作る途上でもたくさんの提案書を書きました
3学年を作ってみて、「光村らしさ」について改めて考えてみました。
とても記憶に残るエピソードがあります。
作っている途上で、編集長から伺いしました。
光村で育った人は、もう1度光村で学びたくなる。
そこにあるのは変わらない懐かしさであり、温かさであり、柔らかさなのではないか。
これはまさにブランドパーソナリティそのものです。
教科書が持つキャラクターです。
自分が知っている、変わらないクオリティがそこにあるはずという期待、
「品がある」とも編集長は表現されていましたが、品とはまさに人のパーソナリティに対して形容する、言語化できない感覚的な言葉です。
文学作品の行間に込められた見えない想いのような、そう、僕たちも目指そうとした、ただの学習テキストではない、記憶に残る1冊の教科書にしたいという情緒価値のようなものだと自分は思っています。

そして、決して温故知新だけに陥らず、そこに明快な新しさもきちんと備わっている。
言い換えれば安心感、安定感の中にある新しさ=矛盾するような表現ですが、それこそが「光村らしさ」なのではないか。
日本人の7割近くの人が学ぶ光村の国語は、今後も多くの人に新しい文学作品に触れるきっかけを提供するはずです。
そこから文学の世界を極めてみようと、研究に進む人もいるでしょう。
大学の進学を文系に定める人もいるかもしれない。
大げさかもしれませんが、教科書はそうした人々の人生のきっかけを作る媒体だと思います。
文字を読む読書体験に、視覚的な情緒体験を加えることで、さらに人の記憶に刻まれること。
常に変わらない安心感と新しさ、
それを未来に向けて、さらに進化させていくアプローチが必要でしょう。

僕たちが手掛けた新しい教科書でも、そんなことが少しでも表現できていたらいいなと思いました。
ここまで考えて作った後、この教科書を使う身近な新1年生に、ある日学校の国語の授業で学んだことを話され、胸が熱くなってしまったというのが、このシリーズを話すきっかけになりました。
こんな特別な体験、人生にはあまりありません。

今回の記事のきっかけとなったエピソード
https://www.dig.co.jp/blog/danwashitsu/2021/09/-1.html

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松本知彦 Tomohiko Matsumoto

東京新宿生まれ。
漫画家の父親を持ち、幼い頃より絵だけは抜群に上手かったが、
働く母の姿を見て葛藤し、美術を捨てて一般の道に進むことを決意。
しかし高校で出逢った美術の先生に熱心に説得され、再び芸術の道に。
その後、美術大学を卒業するも一般の上場企業に就職。
10年勤務ののち、またしてもクリエイティブを目指して退社独立、現在に至る。

  • 趣味:考えること
  • 特技:ドラム(最近叩いていない)
  • 好きなもの:ドリトス、ドリフターズ、
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